ヨーガ・スートラ4-9

【4-9】 これらの残存印象は、その成立した時とその発現した時との間が多くの生涯、場所、時によって隔てられているにもかかわらず、その間に断絶のない連続性があるとされるのは、再現した記憶とそれの行との間には同一性があるからである。

Even if modality, place and time cease to exist, the continuity of wish and consequences remains, for remembrance (smriti) and impressions (samskaras) are part of the same being.||9||

 

<解説>この経文の取り扱っている問題は、前の経文のそれと連絡している。ここでの問題は、前の経文に従って無数の残存印象の記憶(把住)の中から、特定の業務に適合するものだけが択ばれて特有の習性現象とするとして、それらの再生記憶の中には、いくども生まれかわった以前の生涯で蓄えこんだ残存印象もあるであろうに、どうしてそれらと再生した記憶表象との間に連続性が考えられるのであろうか?といって、もしもその間に連続性がないとしたら輪廻転生の間に連続性がないことになり、輪廻という観念は成り立たないことになる。この問いに対して、答えていう。行すなわち残存印象として潜在意識面に残ってきたものとそれの発現した習性的記憶との間には、同一性(ekarupatva)があるから、連続性すなわち因果関係があるということが成り立つというのである。